2013/05/16

TVがつまらない

調子に乗って、連続で投稿。

ここ5年ほど、まともにテレビ見てないんだけれども、実家に帰って何気なくTVを見ていた。
見ていたってほどでもなく、TVがついていてリビングで作業してたら目に入った、そんな程度。

クリス松本が思ったことをズバズバ言い過ぎて困る。ほかのお姉キャラもみなそんな性格だと思われたら心外、だからその性格直してほしいとお姉たちが訴える。クリスはこれは私の信条だから変えられないし、自由でしょ、とお互いに議論の応酬が行われていた。

そんな内容の番組だった。

テレビに限界ってあるよなぁとその時つくづくおもった。
話を聞いていると、幼少のころの環境がクリスの性格に関係しているらしい。そんなことは大事じゃないんじゃけど、たった2時間程度の議論で長い時間かけて形成されてきた性格や考え、気質ってなかなか変わらないと思う。何かのアイディアを話し合うけど順調に進まない議論はあり得ると思うし。

テレビは”見せ物”じゃから、2時間議論して結局変わりませんでした、じゃ視聴者は面白くないかもしれない。だからと言って、変わってしまったらそれはそれで作り物感が満載でしらけてしまう。
時間をかけてつくろうと思えば、コストがかかってしまう。複雑な矛盾。

知識の深さでは、本には圧倒的に勝てないし、感動という点では映画に劣ってしまう。(映画が好きという偏見はもちろんある。)
器用貧乏なアマチュア、それがテレビというメディアの位置づけなんじゃないかなぁというのが僕の感想。

どうしたら生き残れるのか。
まったく考え付かないけど、専門性は高めてほしいなぁと思う。クイズ番組や料理番組などの、時間を埋めるためだけに見る視聴者を寄せ付けないくらいに。
一日中欧州ビジネスを特集する報道番組があってもいいと思う。Extremeな層をつかむ番組がほしいなぁと強く思った、そんな5月中旬。

追記
その後もいろいろとテレビのことを考えるときが何度かあったけど、要因は1つじゃない。趣味の選択肢が増えてきたこともそうじゃし、不景気によって勤務時間が長くなって家に帰る時間が遅いことも、規制がかけられていくようになったことも原因としてあると思う。そうはいっても全てを直せばじゃあテレビ業界復活かというとそうではなく、最も大きな原因があるはず。そこまで詳しくは調べる程の価値と魅力をテレビ業界に感じないからここまでで終わります。

同時に片付ける事なんて不器用な自分にはできない。

前回のブログの最後にメモしていた、1つ1つ終わらせることの重要性を今日は書きたいと思う。

このエントリーを書こうと思い立った理由は2つ。
1つは、僕自身が1つのことだけに集中して取り組むのが苦手だから。そして、それを克服したいと思っているから。
1つは、強い気づきが自分の中であったから、忘れないようにとどめておきたいから。

僕は、1つのことにとことん集中して取り組むのが苦手だ。
高校時代までは確かに得意だと思ってたのになぁ...

去る4月、僕はドイツ語の試験とGMAT(英語)の準備をしていた。4月の半ばにドイツ語の試験があり、5月の中旬にGMAT試験があったからだ。
1か月前ということもあり、僕は2つの試験の準備を同時に行っていた。具体的にいうと、13時から17時はドイツ語、17時以降はGMATの勉強をしていた。もちろん、1週間前になると、ドイツ語の勉強ばかりやっていた。

・・・今は、両方の試験が終わって一息ついている状態だ。だから、受けた試験を顧みる時間ができて、こうしてエントリーを書いている。

その結論がタイトルなのだが、僕は何かを同時にやるなんて無理だなぁとつくづく思った。
そもそもなぜ同時にやろうとするのか、自分の考えを整理してみた。

1つ、衰えることへの不安。
1つ1つこなしていくっていうのは、僕にとっては想像以上に難しい。その大きな理由は、何か1つに注力したら、その他はほったらかしにされるからだ。いざ再開しようとしたときに感覚だったり、知識だったりが失われているんじゃないんだろうか、そう考えてしまうからこそ1つに注力することをためらってしまう。
今回で言えば、ドイツ語を勉強したら英語の単語やイディオムを忘れ、読むスピードがおそくなってしまうんじゃないか、忘れたら思い出すのに時間がかかってしまうんじゃないか、そんな思いでぐるぐるだった。

1つ、現実逃避。
仕事でも、ゼミでも内容の95%程度を占めるのは、基礎的で、地味で、もしかしたら報われないかもしれない、そんな作業だと思っている。いくつもデータを集めて、文献を読んで、人と何百時間も議論した末にやっと創造的な答えにたどり着く。営業であれば、靴底が1センチすり減るほど歩き回って、やっと新製品のヒントになる意見を見つけることもあるかもしれない。
熱中するていうのはそんなことだと思っている。それでも、地味な繰り返しに嫌気がさすことがあるから、息抜きのために別のことを探してしまう。気分バランスを取るために同時作業に落ち着く。

この2つが、僕が同時に取り掛かる理由だった。
でも、現状を変えたいし、変わりたい。

そもそも、本気で注力したこと、寝ても覚めても考えたことっていうのは簡単には消えない。1つ1つ片づけるのは本気で寝食を忘れて取り組むっていう状況を作るためには必須だ。
たとえ、忘れたとしても再びやり始めたら一瞬で戻る、と思っている。
何よりも心もちが違う。”終わらせた”っていう空っぽで、すっきりした気持ちは大きい。
僕は、同時にやってるからよく成果よりも時間で区切り、その時間を気にするから結果的に効率が下がるということがよくある。そうやって中途半端でやるから、ちょっと離れたらすぐに忘れてしまって何も残らない。

現実逃避に関しても、ほんのちょっと、気分転換程度ならいいかもしれない。
でも、今の僕みたいに”やらないための理由”となっていない?

学校と違って、社会には上限もないし、答えもない、努力が水泡に帰すなんてことは日常茶飯事だと思う。まぁ合格というアイディアもあれば、精緻の極みと思われるほど考えつくされたアイディアもある。
僕は後者を目指したいと思うから、地味で苦しくても、『やめたい』が気持ちの99%を占めても逃げない人間になりたいと思うから、浮気せず、集中できる人間になりたいからその思いをここに記した。

後日読み返した時に何か感じられるといいなぁ。
と書いてる僕は、別の試験の合間に書いてます。まだまだじゃなぁ・・・