2014/02/09

おくりびと

今回は映画『おくりびと』のはなし。何度観ても面白い。
本当はずっと書こう書こうと思っていたのだけれど、この映画のメッセージを考えるともやもやが消えなくて、それがやっと腑に落ちるメッセージが浮かんできたから書くことにした。

『おくりびと』は、納棺師の映画。チェリストをしていた小林大悟(本木雅弘)はある日所属していたオーケストラが解散となり仕事を失ってしまう。解散を期に妻の美香(広末涼子)と共に故郷の山形に引っ越しをする。好条件の求人広告に応募し、面接に向かうと佐々木社長(山崎努)に即採用されるが、仕事内容は納棺、いわゆる死者の旅立ちのお手伝いということが判明する。日々葛藤する大悟だったが、死者と関わる中で"死"や"納棺師"について向き合っていく。

何度見ても心揺さぶられ、毎回目が潤んでくるほど本当に素晴らしい。死を扱った映画なのに、ただただ美しい。

でも、今の自分には理解のできないことが多かった。作中で、笹野高史扮する平田正吉が「死は門である。死ぬってことは終わりってことでなくて、新たな世界に旅立つってことだ。」というシーンがある。
正直分からなかった。これは映画の表現が悪いということではなくて、自分がそれを理解できる域に達していないからだ。もしかしたら死ぬまで分からないことかもしれない。

原作である納棺夫日記も読んでみたけど、仏教に無頓着な自分は理解できないことの方が多かった。結局分からないことは分からないまま今も残っている。

それから暇を見つけては本当に、ひたすらこの映画が伝えたかったことを考えていたんだけど、それがやっと分かった。というか、納得のできる結論がでた。
この映画の狙いは、納棺師という職業に携わった男の半生を描くこと。だから、死とはとか親子とはってことが描きたかったんじゃないなとおれは思った。

映画は年齢とか経験によって、感想が変わったりするけど、今度観たときはどんな感想になるんだろうか。今から楽しみだなぁ。

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