何度も書いていますが、僕はドイツの大学院で勉強しています。もちろん大学ではドイツ人が圧倒的多数を占めていますが、英語コースがあるため、スペイン、フランス、ギリシャ等のヨーロッパ諸国だけでなく、中国やインド、台湾、韓国などアジア圏からの修士課程学生もいます。アメリカやアフリカからもいるかもしれませんが、まだ会ったことはありません。ドイツ人以外の学生の中で特に気を使う必要があるのが台湾の人。というのも、日本の認識では台湾と中国は同じ国ですが、台湾の人からしたら台湾は独立国家であると考える人が多いため、うっかり「今年は中国に帰るの?」と訊いてしまうと気まずい思いをしてしまいます。些細なことのように思われることも当事者からしたら大事である場合もあるため、国際交流というのはなかなかに神経をすり減らすものです。
さて、前置きはここまでにして本題に入ります。
先週の月曜日、映画について考える小さなきっかけができました。ドイツ語の授業でTV・インターネット中毒を取り上げた時のことです。例えば、映画に没頭していたとして、読書に夢中になっていたとして、それは中毒というのか、という議論がありました。生産的かどうかが大事だから、読書は趣味だけどTVは中毒と言っている人がいました。
頭の中がもやもや。
そして、週末の日曜日に『おくりびと』についての感想を書こうと試みたところ、映画ってなんなんじゃろう、と頭の中がぐっちゃぐちゃになりました。
そこで簡潔に今回のテーマを言うと、「映画鑑賞は趣味なのか。」
結論を先に書くと、映画鑑賞は趣味である。ただ、「趣味」の言葉のなかに大きな幅があって、人によってこだわりとその深さが違うんだろうなと思いました。これは映画だけじゃなく趣味と言われる事柄全てにおいて言えることです。
そもそも、TVと映画って何が違うのか?これが僕の出発点でした。特に昨今の映画業界ではTVドラマの最終回や番外編が映画になることもあります。それを踏まえると、TVと映画の境目はそれほどくっきりと分かれているものではないという気がします。例えば、僕は映画館で映画を観ることはそれほど多くありませんが、DVDで観ることはよくあります。しかし、DVDならば平日放送されているドラマも同じようにレンタル可能です。『24』『Lost』『Friends』等の有名シリーズも海の向こうではテレビで放映されていました。あるのは言語の違いだけです。TV番組の中に心が震えるほど素晴らしいものもあれば、観た後で後悔してしまうほどつまらない映画作品もあり、作品を選ばなければ映画はTVのロードショーで毎週観られます。にもかかわらず、映画鑑賞という響きはTV鑑賞とは別物で崇高な印象があると感じられますが、なぜでしょうか。
僕は、崇高な印象があるだけで中身はほぼ変わらないと思っています。映画鑑賞はTV鑑賞の延長線上。
なぜならTVの職人特集という番組がきっかけで包丁について本を読んで詳しくなる人もいれば、名作を観てちょろっと議論して終わるだけの人もいます。読書に関しても、読むだけ読んでうっすい感想で終わる人もいるし、さらに掘り下げて専門的に研究する人もいます。
こんな風に思うようになったきっかけが、上記の『おくりびと』でした。
おくりびとを観た後、感想を書きたいと思って参考のために映画レビューを見たり、出てくるシーンの意味を考えたりしていたんです。レビューの中に"考えさせられる映画だった"という言葉が至る所で見られて、こんなん絶対考えてない、このセリフ書いて考えたふりしてるだけだ、と納得のいかない感情がわき上がってきました。というのも、"死"の美学や概念なんて、1日かそこら考えを巡らしたところで得られるはずもなく、これは原作となった『納棺夫日記』や納棺師の著書を読まなければ全くもって結論へ近づけないと思ったからです。
おくりびとだけじゃなく、戦争映画でも観た後ただ議論するだけだと表面上のペラッペラの議論で、時代背景、その時代の価値観を理解して初めて映画の意味をつかめると思うんです。知識の乏しい議論って中学生の読書感想文と同じ気がするんです。
結果、どんな趣味にも表面をなぞって満足している人もいるし、とことんまで深く突き進んでいく人もいるんだという結論に至りました。映画鑑賞から派生してロケ地巡りの旅行が趣味の人や、歴史研究をするようになった人、フランス語の勉強を始めた人、様々な人がいると思いますが、作品数を求めるよりも1作品から深く深く新しい世界を広げられる人の方に僕は魅力を感じます。
それは、僕自身が薄っぺらい人間と感じていて、理想とするのが深く掘り下げる人だからです。もしかしたら、他者に伝える時に単なる感想だとつまらないからと考えているからかもしれません。
1つ言いたいのは、これは良い悪いじゃなく嗜好の問題で、映画鑑賞を否定しようとか言う気はさらさらありません。ロードオブザリングのように映画によっては単純に娯楽として鑑賞されるものもありますし、実際に僕の好きな映画は『サマータイムマシンブルース』というゆるコメですから。全てが事後知識を必要とするものではないと思います。
とにもかくにも言いたいのは、どんな趣味にもインプットした内容を発信できるほど様々な角度からさらにインプットして咀嚼する人と、インプットした内容を未消化のままただ受け取る人がいるということじゃないでしょうか。趣味と言えるかどうかが問題じゃなく、趣味と読んでいるものの没入度合いに素晴らしさがあると思います。
やりたいことは無数にありますが、今回のエントリーではこだわりをもってやれるかを自分に問うきっかけになったような気がします。柔道や合気道、登山にチェロ、数に手を伸ばそうとしている自分は本当にこだわりをもってやろうとしているのか、葛藤の毎日です。
なぜか水曜日の方が筆が進むんじゃけど、理由があるんかなぁ・・・
