2013/11/27

映画鑑賞が好きですとは言ってみたものの。

本当は途中まで書いていたブログがあったのにも関わらず、諸事情により書ききれなかったので日曜日は更新しませんでした。自分の力不足をほとほと感じる日々です。

何度も書いていますが、僕はドイツの大学院で勉強しています。もちろん大学ではドイツ人が圧倒的多数を占めていますが、英語コースがあるため、スペイン、フランス、ギリシャ等のヨーロッパ諸国だけでなく、中国やインド、台湾、韓国などアジア圏からの修士課程学生もいます。アメリカやアフリカからもいるかもしれませんが、まだ会ったことはありません。ドイツ人以外の学生の中で特に気を使う必要があるのが台湾の人。というのも、日本の認識では台湾と中国は同じ国ですが、台湾の人からしたら台湾は独立国家であると考える人が多いため、うっかり「今年は中国に帰るの?」と訊いてしまうと気まずい思いをしてしまいます。些細なことのように思われることも当事者からしたら大事である場合もあるため、国際交流というのはなかなかに神経をすり減らすものです。

さて、前置きはここまでにして本題に入ります。

先週の月曜日、映画について考える小さなきっかけができました。ドイツ語の授業でTV・インターネット中毒を取り上げた時のことです。例えば、映画に没頭していたとして、読書に夢中になっていたとして、それは中毒というのか、という議論がありました。生産的かどうかが大事だから、読書は趣味だけどTVは中毒と言っている人がいました。

頭の中がもやもや。

そして、週末の日曜日に『おくりびと』についての感想を書こうと試みたところ、映画ってなんなんじゃろう、と頭の中がぐっちゃぐちゃになりました。
そこで簡潔に今回のテーマを言うと、「映画鑑賞は趣味なのか。」

結論を先に書くと、映画鑑賞は趣味である。ただ、「趣味」の言葉のなかに大きな幅があって、人によってこだわりとその深さが違うんだろうなと思いました。これは映画だけじゃなく趣味と言われる事柄全てにおいて言えることです。

そもそも、TVと映画って何が違うのか?これが僕の出発点でした。特に昨今の映画業界ではTVドラマの最終回や番外編が映画になることもあります。それを踏まえると、TVと映画の境目はそれほどくっきりと分かれているものではないという気がします。例えば、僕は映画館で映画を観ることはそれほど多くありませんが、DVDで観ることはよくあります。しかし、DVDならば平日放送されているドラマも同じようにレンタル可能です。『24』『Lost』『Friends』等の有名シリーズも海の向こうではテレビで放映されていました。あるのは言語の違いだけです。TV番組の中に心が震えるほど素晴らしいものもあれば、観た後で後悔してしまうほどつまらない映画作品もあり、作品を選ばなければ映画はTVのロードショーで毎週観られます。にもかかわらず、映画鑑賞という響きはTV鑑賞とは別物で崇高な印象があると感じられますが、なぜでしょうか。
僕は、崇高な印象があるだけで中身はほぼ変わらないと思っています。映画鑑賞はTV鑑賞の延長線上。

なぜならTVの職人特集という番組がきっかけで包丁について本を読んで詳しくなる人もいれば、名作を観てちょろっと議論して終わるだけの人もいます。読書に関しても、読むだけ読んでうっすい感想で終わる人もいるし、さらに掘り下げて専門的に研究する人もいます。

こんな風に思うようになったきっかけが、上記の『おくりびと』でした。
おくりびとを観た後、感想を書きたいと思って参考のために映画レビューを見たり、出てくるシーンの意味を考えたりしていたんです。レビューの中に"考えさせられる映画だった"という言葉が至る所で見られて、こんなん絶対考えてない、このセリフ書いて考えたふりしてるだけだ、と納得のいかない感情がわき上がってきました。というのも、"死"の美学や概念なんて、1日かそこら考えを巡らしたところで得られるはずもなく、これは原作となった『納棺夫日記』や納棺師の著書を読まなければ全くもって結論へ近づけないと思ったからです。
おくりびとだけじゃなく、戦争映画でも観た後ただ議論するだけだと表面上のペラッペラの議論で、時代背景、その時代の価値観を理解して初めて映画の意味をつかめると思うんです。知識の乏しい議論って中学生の読書感想文と同じ気がするんです。

結果、どんな趣味にも表面をなぞって満足している人もいるし、とことんまで深く突き進んでいく人もいるんだという結論に至りました。映画鑑賞から派生してロケ地巡りの旅行が趣味の人や、歴史研究をするようになった人、フランス語の勉強を始めた人、様々な人がいると思いますが、作品数を求めるよりも1作品から深く深く新しい世界を広げられる人の方に僕は魅力を感じます。
それは、僕自身が薄っぺらい人間と感じていて、理想とするのが深く掘り下げる人だからです。もしかしたら、他者に伝える時に単なる感想だとつまらないからと考えているからかもしれません。

1つ言いたいのは、これは良い悪いじゃなく嗜好の問題で、映画鑑賞を否定しようとか言う気はさらさらありません。ロードオブザリングのように映画によっては単純に娯楽として鑑賞されるものもありますし、実際に僕の好きな映画は『サマータイムマシンブルース』というゆるコメですから。全てが事後知識を必要とするものではないと思います。

とにもかくにも言いたいのは、どんな趣味にもインプットした内容を発信できるほど様々な角度からさらにインプットして咀嚼する人と、インプットした内容を未消化のままただ受け取る人がいるということじゃないでしょうか。趣味と言えるかどうかが問題じゃなく、趣味と読んでいるものの没入度合いに素晴らしさがあると思います。

やりたいことは無数にありますが、今回のエントリーではこだわりをもってやれるかを自分に問うきっかけになったような気がします。柔道や合気道、登山にチェロ、数に手を伸ばそうとしている自分は本当にこだわりをもってやろうとしているのか、葛藤の毎日です。

なぜか水曜日の方が筆が進むんじゃけど、理由があるんかなぁ・・・

2013/11/26

強さは正義。

火曜日の柔道の後はだいたい落ち込んでいる。
今日は特に落ち込んでいる。
理由は単純。稽古で手加減され、かつぼこぼこにされたから。

高校時代に体育で習っていたとはいえ、おれは柔道初心者。帯が真っ白の初心者。
そんな中、普段なら1人や2人は同じ白帯の人がいるんじゃけど、今日はおれ以外全部有色帯だった。
技の練習するときはお互い無抵抗の状態だからなにも問題がないけれど、乱取りとなると話が違う。お互いに有利なポジションをとろうと抵抗するし、体重差関係なく力づくで技をかけようとする。おれは、来ているメンツの中では軽い方だし力もまだそんなにない。しかも覚えている技も少ないため、限られたカードを目一杯使って相手に挑む。それでも、おれの些細な力なんて痛くも痒くもないと言わんばかりに全く動かない。相手が力を加減して、おれが技をかけられるよう隙をわざとつくって、さらに乱取り中に解説までしてくれる。終いには、何もせずに立っとくから攻めてきていいよ、と言われた。

・・・ものすごく悔しい。泣きじゃくりたくなるほど悔しい。

勝てないのは分かっていたとしても、手加減をされるのは本当に嫌だ。それでも手加減するな、と言える程の強さが今の自分にはない。

・・・結局、意思決定を行えるのは強い側の人間だけなんだよな〜と思ってしまう。

誰かに教えることができるのも、誰かに何かを与えることができるのも、すべて力があってこそなんだと強く実感してしまう。(ここでいう力は筋肉だけのことじゃありません。)金持ちの人が税金を多く払ってくれているからこそ受けられる恩恵があるわけで、弱い立場ではただただ甘受するしかない。権利なんてないよな。

と悲しくなってしまうので、2年以内に必ずや黄色を取得する!!黒帯までの道のりは長いが、まずは黄色を制してからだ!!自分も強い側に立つんだ!!がんばろー

追記
柔道の新ルールでは、下半身に対して手や腕を使うことは禁止されているそうです。今まで知らずに使っていたから、直さねば。

2013/11/20

ギシギシと悲鳴を上げる体。

ここ3週間、あらゆる医院に向かうはめになっている。
ドイツですべての医療分野の診療を受けるんじゃないかと自分に思わせるほど、体のあちこちから問題が表出している。医学用語をドイツ語で覚えてしまうぐらいの勢いである。

以前、ブログでも書いたが柔道の稽古中に腰を強打した。そのため、整骨院にお世話になった。金槌のようなもので両膝を数回たたかれておしまい、という非常に簡易な内容で3分もしないうちに終わったし、鎮痛剤を飲んでから痛みがひいたから腰に関してはそれほど問題がない。あくまで一時的。

しかし、その後表に出てきた病気たちは明らかにおれに危害を加えている。悪意を持っている。日々の生活どころか毎分ぐらいの頻度で攻撃をしてくる。それぐらい厄介な病気と対峙するはめになった。

まず1つ目。虫歯。
原因は、もちろんほぼおれ。笑
規則正しい食生活も十分な睡眠もとっていなかったから当然と言えば、当然。ただ、ここで言い訳させてほしい。今までも何度か虫歯で治療してきたことがあって、詰め物をしている歯がある。今回やられてしまったのは、その詰め物をしている歯である。もはや太刀打ちできる相手ではない。一介の素人がどうあがけば、詰め物の中で侵蝕している虫歯の行軍を止められることができるだろうか。無理である。
治療にいたってはどれほど痛くてもドイツ語で表現できないから我慢せざるを得ない。"浸みる"というたった3文字の言葉をドイツ語で伝えることができない。ちなみにドイツ語で浸みるはおそらくStechender Schmerzである。まぁ歯科医の人がとても親切で笑顔の素敵な方だったのでよしとしよう。説明もちゃんとしてくれてたし。
日本にいるときには定期的に検診に行ってたから眠れないほどの痛みを感じたのは今回が初めてだった。生活習慣、歯科医のありがたみ、歯磨きのタイミングを見直す良いきっかけになったことは言うまでもありません。ただ、治療が終わって数日経ってまだ痛むんじゃけどこれ大丈夫?プリンタービジネスと同じであると分かりつつ、電動歯ブラシを買おうか検討中です。あと、ドイツでは全ての歯磨き粉に再石灰化を促すフッ素が配合されています。

2つ目。こちらも同じようにひどい。
睡眠を妨げる程の激痛に悩まされた虫歯の発生と時を同じくして(土曜日前後)こいつが現れました。なんか変な匂いがするなとは思っていたが、当初は朝に食べた白菜の漬け物の残り香だと思ってた。けれど、おかしなことに1日経ってもその匂いが残ってる。しまいには何を食べてもその匂い。これだけなら、ん?なんかおかしいかなで済ましてたかもしれないけど、この匂いがまた何とも言えない嫌なもの。表現するのが難しいが、残飯の匂いに腐った雑草を足したような感じだった。できたてのおからを不快にした匂いと行ってもよいかもしれない。鼻で啜って口から吐いたら苦々しい味が口に広がる。
さすがにつらくてつらくてご飯も吐き出してしまうようになり、耳鼻科に行くことにした。すると、右の鼻に異常があるとのこと。どのような症状かはドイツ語のため全く分かりませんでした。そもそも、医学用語に関しては英語ですら理解できない自信がある。だから、自分で症状を調べてみると"蓄膿症"っぽかった。ぽいと表現するのは頭痛はないし、鼻にも痛みは感じないから違うのかなぁ、と。
ネットで調べるんじゃけど、各サイトに書いてある症状はすごく分かりにくいなってこの時実感した。なぜなら頭が痛くなる、鼻が痛くなる、匂いが変になる、とだけしか書かれていないからだ。どんな痛みとかを詳細に書いてもらわないと自分で中りがつけられない。自己診断なんて心の準備のためだけれど。ちなみにおれの場合は、蓄膿症かは分からないけど、上記のような匂い、濃くて黄色い鼻水、鼻をかむときに鼻の内部に切り傷があるかのような痛みを感じた。鼻はかむとき以外は痛くない。
今は薬で対処しているけれどもまだ匂いは残っているし、この匂いが病気によるものではないとしたら治しようがないことになるため、その可能性だけを危惧しています。まだ鼻水もでるからそうじゃないと信じたい。明日、別の耳鼻科に行く予定ですが、ドイツの医療保険制度に頼りっぱなしで申し訳ないと思う今日この頃です。

最後に、ドイツの医院で嬉しいなと思うのは治療の前と後に医師の方が握手をしてくれること。私があなたを診ますよ、1対1で向き合いますよという意志を感じられるからするたびに安心感を覚える。

といったところで本日終わり!!!初めて午前中に書き上げたかもしれない。やっぱり日々ちょっとずつ書くのが良いですね。

2013/11/17

Lostがアツい!!

最近になってやっとLostを観始めた。むちゃくちゃ面白い。

簡単に内容を説明すると、飛行機の墜落で無人島に放り出された乗客がサバイバルすることになり、そんな極限の状態のなかでの人々のドラマを描くというもの。ざっくりしすぎているけど。笑

毎回最後のシーンが「この後どうなるんじゃろう・・・」って思わせる終わり方をするからどんどん続きが観たくなる。登場人物が多いから名前を覚えるのは大変じゃけど、だいぶ覚えられてきた。中心人物はいるんだけど、1話ごとに話の軸となる人物が変わって、その人物の背景を小出しにしているからこれがまた興味をそそられる。

24、Glee、Chuck、X-File、Homeland、OZ、Big Bang Theory、Türkisch für Anfängerとか他にもいろいろと観てみたいのがある。
シリーズで買うとそれほど高くないので、これからどんどん集めていこうと思います。

(追記)
と、上のとこまで書いたはいいものの、さすがに内容が薄過ぎる!!と思ったので、観進めていくうちにぽつぽつと頭に浮かんできたことを書きなぐってみたいと思う。
Lost1シリーズの25話までで感じたのは社会の本質は変わりにくいものじゃないかなということ。細かい定義については詳しく調べてないけれども、この地球上で文明社会が始まった頃、天候を予測できる人、奇術を使って他者に危害を加えたり便益を与えたりする人、が指導者となって民衆を導く存在として崇められていた。同一、もしくは似通った言葉を話す人同士でかたまって。
Lostでもバベルの塔のごとく、ある日突然見知ってもいない人との共同生活が始まる。昔は魔法使いの類いが先頭にたっていたのだけれど、人を救うという点において医者と奇術師は同類。医術で集団の中心となり力(責任)をもった故に、リーダーだからと意固地になってしまうJackと都合の良いように権利を求めようとする周囲。そんな葛藤が話のあちこちで現れるから面白い。

さらに他者への信頼性。
少し話を脱線すると、漫画の中では時間の流れが早いか遅いかで極端になる。話の内容や作者によって違うし読者を楽しませるためで、現実に即した時間で進むことはあまりない。漫画の世界でどれほどの時間経過があったかと記されることはほとんどないから(1週間後、3年後等の表記)、読者は計りづらい。だから少年ジャンプの漫画ではたかだか2週間程度の期間(現実時間)でも「おれは信じてた。」「お前に全て任せる。」「そうだと思ってた。」等の表現がよく使われるんじゃけど、おれはそれが好きじゃない。盛り上げるためには大事かもしれんけど、味方や友達ならともかく、敵に対しても使うっておかしいと感じてた。だって、信頼とか絆はそんな軽々しく使っていい言葉ではないと思っているから。
そんなわけで、信頼するという言葉と行為を疑ってかかる自分なんじゃけど、Lostは違う。Lostではどれほど親密に見えてもそれぞれが誰にも言いたくない黒い部分を抱えていて、事情を抱えてて、だから他者を出し抜こうとする描写がばんばんあるから観ていて共感ができる。やっぱり人間ってこういうもんだよな、と。そう思う自分は腹黒いとは思います。笑
たとえ夫婦でも、秘密にしたい過去や消し去りたい思いがあるわけで、飛行機墜落という極限の状態でもできるなら隠し通したいと考えていることもあるんじゃろうなと思う。

・・・Lostでいうと、自分はどのキャラクターにいちばん近いんじゃろうか。

またシリーズを見続けて、思うところがあればまた文章にしたいと思います。

2013/11/14

Frei Körper Kultur—はだかの語り合い

本当は、前々回に触れた病院の制度と子どもの夜間診療について書きたいんじゃけど、調べてないため、そのネタは日曜日に延期。

検索エンジンでFKKという言葉を打ち込むと卑猥な言葉ととも表示されるため、日本ではドイツの風俗サウナの代名詞のようになっていますが、ドイツでは一般にも浸透しており、歴としたドイツ文化として確立しています。
タイトルにもあるように、そもそもFKKとはFrei Körper Kulturの略で、厳密に言うとサウナだけをさすものではありません。この考えはそもそも自然回帰の考えから発展しているそうです。(面倒くさくなったので調べるのやめた)

昨日(水曜日)は汗をかきたいのと実際にはどんなものなのか見てみたいという好奇心と女性がいたらラッキーだなというスケベ心に突き動かされ、大学のスポーツジム付属のサウナに行ってきました。

と思ったら水曜日はレディースデイとのこと。鼻をくじかれた。

・・・羨ましい。金色に輝く髪がありのままの姿でいるなんて羨まし過ぎる!!交換留学で異文化圏からの学生にも使えるようにとの配慮じゃろうからまぁ納得できる。それよりも日本と似たような制度があったことに驚き。男性にとっては女性との混浴が宗教的に制限されていることもないじゃろうしメンズデイは必要ないかなぁ。アジア人の自分が股にぶら下げたモノの相対的な小ささを気にしなければ・・ぐすん・・・
というわけで本日木曜日、行ってきました。

お金を払って、サウナのあるフロアに入るとびっくり。男女別の更衣室もなく、夏の海岸に置かれているような寝転がれる1人用のベンチが4脚にサウナ室、シャワースペースというとても簡易なサウナ。2,5€なんてこんなものか。
体中の汚れた水分をとことん排出してきました。唯一日本と違ったのはサウナ室で横になれること。座る部分がところどころ盛り上がっていて、そこに頭を置けるようになってた。
なるほど、じゃから毛布ほどの長さのバスタオルを持ち込んでいたのか!!寝不足もあったせいか、暑いサウナの中でもしっかり寝られました。笑

20時30分から合気道の稽古があったので3回ほど堪能したところでサウナから出ました。出る頃には男性3人が来てて、20時近くになると人が増えるのかな、と。

そんな訳で書いていて、そして推敲していてつまらないのがありありと分かるけど、あの頃は若かったと懐かしく感じられるよう、この駄作エントリーこれにて終了!!

2013/11/11

ほにゃららな日常。

一つ小ばなし。
普段週一ぐらいで彼女とSkypeするんですが、おれが話をするとほぼ勉強、食事の話。友達が出てこない。笑
彼女は嬉々として、友達となにして楽しかった、こんなことがあったと話してくれるんですが、自分の側に話すことがないのは悲しいな。友達とも絡んでるんじゃけど、おれは友達とか他者のことを積極的に話そうってタイプじゃないんかな。いずれにせよおもしろ可笑しく話すという能力はマイナスにはならないから彼女が楽しめるように、記憶に残ることをしたい。あと、映画とかパズルとか趣味として楽しめることを増やそう。長く続ける前提で。

話変わって、先週の土曜日。John DeereのForumで開催されたオーケストラコンサートに行って参りました。我がタンデムパートナーのChristian Rohrと彼の彼女が演奏するということで、1番のトラムに乗り会場に向かいました。
はじめに中学生(だと思う)の部があり、その後大人の部でした。クラリネットを演奏するChrisはいちばん前の列で吹いていました。音楽に疎いからあの曲のこの部分がよかったとか、曲のイメージが鮮明に伝わってきたとか、は全然伝えられなかったけど会場を巻き込んだパフォーマンスを終始楽しむことができました。

Chrisの彼女の家族に会い、ずっと思い描いていた理想が現実化したようなかわいいおばあちゃんにも出会え、心の底から癒されました。和気あいあいとしていて、あ〜この2人の結婚式にぜひとも出席したいなぁと初めて思ったぐらい素晴らしいカップル!!羨ましい!!
演奏会の後には、Spaghetti Operでパスタを堪能し、楽しい土曜日を過ごしました。

演奏会の途中にあった休憩で、Chrisに「なにか楽器演奏する?」と訊かれ、
「今はしてないけど、弦楽器に興味がある」と答えると、
彼はMannheimにあるMusikschuleを紹介してくれました。

まさかの選択肢。

おくりびとを観てから、本木雅弘の弾く曲に憧れていたのは確かじゃし、高校の頃の臨時演奏会でパイレーツオブカリビアンの主題歌を聴いて感動したのも確かです。
ただ唯一、自分の中で気がかりなのが、中途半端にならないかどうか。
今は、柔道と合気道をやっていて、その上モンブランに登りたくて山岳会に入るか悩んでる状態。
大学の勉強もそうじゃし、ドイツ語やその他言語の時間を考えると1つ1つの時間は必然的に薄くなってくる。結局中途半端になってやめてしまう自分になるのが嫌なんよな。学部時代に嫌という程反省したから。

合気道と柔道は姿勢を良くして美しい所作を手に入れたい、定期的な運動を行うってのがメインの目的だから本気じゃなくても問題ないかもしれないけど、それはおれが許したくない。真剣勝負を求めないなら柔道じゃなく、合気道だけで十分じゃし。

実は、Macの自分のアイコンをヴァイオリンにしてる。クリエイティブな人間になると意志を込めて。些細なことじゃけど、500円玉サイズのアイコンがおれの心を揺さぶってくる。
1つ1つの出来事がいろんな意味を持ってる。いろんな選択肢を提示してくる。そして、そんな環境で意思決定をできることにとても幸せを感じています。どんな選択をするにせよ、絶対に中途半端な結果で終わらせたくない、それだけです。

もやもやした状態で本日終わり!!

2013/11/06

またまた柔道。アンド病院。

これはまずい。
前回のエントリーでも書いたけど、柔道ネタが多過ぎです。笑
まぁ、柔道の話がたくさん出てくるのはそれはそれで面白いのかもしれんけど、もっとドイツのことに詳しくなれたり、何かしら新しい刺激を与えられることを書きたいなぁ、と。あと、こっちで浮かんできた疑問を徹底的に調べてみるとかも楽しそう。

と言いつつまずは柔道。
毎週火曜日の柔道には階級の違う人同士が一緒になって練習します。普段の練習だからもちろんそうなるのは当然。師範のMarkusは黒帯で他に茶色、オレンジ、黄色、青、白(私でございます。)の人がいる。いままでどの階級がどの色なのか知らなかったから家に帰って、ぱぱっと調べてみた。日本語で。その結果、おかしなことが判明しました。4級以下は白、3級から1級は茶色、初段から5段が黒色に分類されています。

あれれ?あれれ?その他の色たちはどこにいったんだ?

目をひんむいてくまなく読み込んでみると(実際はそんなに読み込んでいない)少年の部には色とりどりの帯の色がありました。ドイツ語でも調べてみたけど、色と階級の組み合わせはほぼ同じ。違いは日本の少年の部が5級までなのに対して、ドイツ(欧州全体では分からない)は9級まであって、2色帯とかがあった。(下図参照)

自分としては、階級ごとに色が細かく分類されている方が、力の違いが分かるしありがたい。特にこどもなら色が変わればやったー!!ってやる気向上にもなりそうじゃし。
とにもかくにも帯の疑問が解決して安心です。ちなみになぜ黒帯が強さを示しているかというと、帯を洗うことは普通しないので、長い稽古の末、汚れて黒くなっていくことに由来しているようです。聞いて納得である。


ここで本日分を終われば良いのだけれど、先週の稽古で腰を強打し、未だに痛むのでそのことについても触れたいと思う。アフリカンとの乱取りで見事な一本背負いをかまされ、そのときの痛みが未だに尾を引いていて、さすがに心配になったため、今日病院に行きました。行ったのは、Theresien Krankenhausというところ。
実は、ドイツには2種類の病院があります。それが、Praxis(開業医院)とKrankenhaus(病院)。通常の外来診療は前者で行われ、後者は救急外来、紹介患者、入院治療のための施設である。そして、大学病院(Uni-Klinik)に至っては、紹介患者のみのため、救急以外の一般窓口がないらしい。
(参考URL:ドイツの病院)
トラムの駅で降りると早速受付に行って、1週間前に腰を打ちましたと伝えると、P5,15にある医院(Praxis)を紹介していただきました。じいさんのようによぼよぼになった体に鞭打ちながら、歩いて予約に行きました。


そう、ドイツでは診察をするときには基本的に予約が必要。患者にとっては長ーい待ち時間を無駄にすることがないし、病院にとっては大きな待合室も必要ないし、医療従事者の過度の労働も防げる、よく考えられてる制度。
じゃけど、痛みに打ちひしがれている身からしてみると、その日に受診できないのはやっぱりツライ。1週間後の診察までなす術もなく、ただ呆然と悶え尽くさなければならないのはツライ。まぁ、救急車で運ばれない程度の痛みだから大丈夫でしょう、と言われ、泣く泣く帰って参りました。


怪我したのは自分のミスじゃし、しんどいけど、これをきっかけにドイツの病院制度、柔軟体操の重要性に目を向けることができたのでそれでよしとしよう。

では、本日のエントリー終わり!!