2014/04/16

はてなブログに移動することにしました。

タイトル通りです。
はてなブログに移動することになりました。

このブログを消すかというとそうではなく、このまま続けます。
ただ、これからは表現力を鍛えるために英語か、もしくはドイツ語で書くことにしました。

そう考えると、(読んでくれている人がいるかは分かりませんが笑)、経営学を学んでいることもあり、統一感のあるブランディングをしたいと考え、そのためには外国語ブログと日本語ブログを分けた方がいいなという結論に達しました。

日本語ブログは、探り探りでやっていますが、今のところの方針としては、
①自分の頭で考えたこと
②ドイツに関する出来事やドイツ人の考え方
③世界のニュース
④ビジネスに関すること
を書こうと考えています。

ドイツにいる間に、たくさんの違いや同一性を見つけ出していきたいと考えています。
そして、自分の頭で考えたことに関しては批判だけに終始せず、提案するという姿勢を持ち続けたいと思います。

これからもよろしくお願いします。

2014/04/09

24時間ではなく、1日を6時間として生活する

1日が30時間あったらなぁ。
1日が48時間あったらなぁ。

誰しも一度はこんなことを考えたことがあると思う。
1日が数時間でも長くなれば予定していた仕事を終わらせられる、したいことをもっと増やせるのに、と。

よく言われるし、よく見るのが予定に優先順位をつけて行動するということ。
でも、これはちょっと違う気がする。
なぜなら、予定1つ1つの時間の長さがこれだと考慮されていないから。

時間管理に関する本当の問題は次の2つが大きいと思う。
1.「まだある、まだ大丈夫」→先延ばし・だらだら遅い動作→結果、時間を無駄にする
2.自己過信による予定詰め過ぎで終わらない→自信喪失の流れ

要は、予定の量と予定自体の時間、それと予定同士の間の時間の3つが重要なんだと思う。

じゃぁどうするか。
その提案が「1日を6時間と考えて生活する」。ちなみに6という数字に特に意味はない。

6時間でその日の予定を全て終わらせなければならないとなると、ネットサーフィンをしている余裕なんてない。それこそ1秒たりとも無駄にはできない。

旅行を考えてみたら分かるように、どこかに観光に出かけたら時間に限りがあるから、ホテルのベッドで昼まで寝ておくような余分なことをできるだけ削ぎ落として動くようになる。

1日6時間は2の問題も解決してくれる。
1日24時間として考えた時の6時間分の予定を1日の予定にする、つまり1/4の予定量にする。(実際には睡眠があるからちょっと違うけど)
こう考えれば、詰め込みすぎることがなくなる。予定を全てこなせると自分の自信につながるし、明日の分に手を出せばさらに自信は高まると思う。
もしこれでもまだ足りないって場合は、3時間分とか自分で調節してみるといいと思う。


さいならー

2014/04/06

トヨタ生産方式は日常でも使える

土曜日、友達の誕生日に見せ物として人形劇をするために雑貨屋さんに行きました。
そこで、体重計を買っている人を見かけ、思い立ったように僕も買いました。

日本と違ってドイツでは、バターが安く、肉がkg単位で売られていて、油断をするとカロリーの高い食事を摂ることになってしまいます。
それは嫌だから、毎日体重を量り自己管理をしようと決めました。

Excelで家計簿をつけているんですが、その横に体重の欄も足して毎日記入します。計るのは起きてすぐ!!
これなら、自分でごまかしがききません。

毎日体重計にのって、自分の体重を把握しておくことは大事ですが、それを記録しておくことも同様に重要です。
なぜなら、変化の歴史=努力の歴史が見えるようになるからです。

週末に飲み過ぎたり、食べ過ぎたりする、そういった傾向も見える化すれば一目瞭然となります。

というわけで、トヨタ生産方式で自分の体はどこまでスリムになるのか、今から楽しみです。ちなみに目標は2kg減の65kg!!

5月までには安定して65kgになるように調整していきたいなぁ。

2014/04/02

日本人留学生は海外の学生相手にニッチで勝て!!

ある人に、このブログは写真が少ない!!と言われました。
自分としては、写真だけで中身がない内容になるのが嫌だという思いがあるから、載せずにいたんじゃけど、写真が全くなくて、ひたすら文字だけの内容だと、それはそれで疲れるんじゃなぁと思いました。要するに、オンラインのニュース記事を書く感覚なんだと思います。写真があって、視覚的に訴えるものがあるし。

といいつつ、今日も写真なし。笑
それはさておき、本題。

つい昨日、Global Marketingのグループワークが終わりました。
学ぶことが本当に多くて、自分のためにもこれから留学する人のためにも残しておきたいことを書きます。あくまで主観だから、参考程度にしてもらえると嬉しいです。

留学生向け
—考えの深さは負けていない。むしろ勝ってる。
—日本人は斬新なアイディアか、面白い視点で勝負するべき。
—発言しなければShyだと思われる。めっちゃ損。

自分向け
—パワーポイントの見せ方が学部時代にゼミで習ったやり方と違う
—ドイツ語は英語よりも段違いで速い。
—Look at Extreme

留学生向け
自分のグループが担当したケースはUnileverのブラジル市場について。
市場シェアや、消費者分析、商品価格など、様々な数字が提示されていた。僕が抱いた印象は、ドイツの学生は、表面の数字だけを見ていたということ。

今回のケースを例に挙げると、ブラジル国内には2つの大きな市場があった。それがNortheastとSoutheast。貧困層の割合はNortheast地域の方が多いんだけど、Southeastの方が人口が多いため、貧困者の数はほとんど同じだった。ドイツの学生は確かに勤勉だけれども、型にはまっているというか、教授に教えられた通りの手順で進めていくという印象だった。フレームワークに当てはめるのは上手だけど、Whyを繰り返すのはそんなにも上手じゃないって感じかな。

一方で、自分が未熟だと感じることもあった。
それが、英語の能力。読むのもしゃべるのもカタツムリだった。

1人で勉強するときは何も問題がないけど、議論となれば話が別。グループワークを最高のものにするために、周りなんて構ってられない。だから、誰かの発言に矛盾があったり、反論があったり、自分の意見があったりすれば遠慮なく声をあげる。
議論についていくのに必死で、意見を求められてもとっさには思いつかない。考えがまとまったときには、話し合いは遠い彼方に言っていることもしばしばだった。
しかも、自分の読解力が甘く、文章中の小さな単語を見落としていたため、後になってチームメンバーに訊いて、二度手間をとらせることもあった。

あまりにも、発言しないもんだから、チームメンバーからシャイ認定されてしまった。
悔しい。自分の力不足が本当に悔しかった。
それでも、絶対に腐ってはダメ。今回、おれは途中で受け身になってしまったから、そうなってはだめ。絶対に諦めたらいけない。チーム外で友達関係を築こうと思ったら、常に明るくが基本。これは女性の方が上手な気がする。

議論を幅広く展開できる能力は今の自分にはない。
じゃぁ、自分はどうやって価値を発揮するのか。
それが、斬新なアイディアか、面白い発想。

どんなに発言するチャンスが少なくても、深く考えられた考察や、日本人ならでは、自分ならではの発想をすれば、周りが注目してくる。
深く、面白いを突き進めば、スピードが速くてついていけない話し合いになって発言しようとしなくても、斬新な視点を欲しがって、絶対に意見が求められるようになる。
日本人は、言語での不利が大きいから、このポジションで戦っていくべきだと思う。
もちろん、それで満足するわけじゃなく、広く深い議論をできるようになるまでの通り道として、誰とも戦う必要のない場所で戦っていくべきだと思う。

疲れたので、自分向けの内容はまた今度。

2014/03/23

ドイツでは22時以降ビールが買えない。

タイトル通り。
Baden-Württemberg州では週末の22時以降は、ビールを買うことができない。

そもそも、大半のスーパーが20時〜22時の間に閉まるから、買おうと思っても買えないんだけど、REWEというスーパーだけ24時まで開いている。あと、ガソリンスタンドも遅くまで開いている。

土曜日の夜は、次の日休みということもあり、中心部ではクラブへ行く前の景気付けにスーパーでお酒を買って、広場で騒いでいる(というか雑談している)人が少なくない。だから、21時30分ぐらいになると、スーパーには酒を買おうとする人たちで行列になる。

以前、急にお酒が呑みたくなって、REWEにおつまみとビールを買いにいった。すると、「売れるのは22時までだから」といってかごに入っていたビールを取り上げられてしまったという悲しい思い出がある。それが先週の出来事だった。
今週、同じくお酒が呑みたくなり、時計を見ると21時30分だったから、猛ダッシュでスーパーに行った。着いたのが46分、ビールをささっと選び、列に並んだ。幸いにもぎりぎりに買えた。

ただし、自分の目の前で悲劇が起きた。
ドイツ人は缶よりも瓶を好む。自分より前に会計していた人が、6本入りの瓶ビール(300mlぐらい)を買っていた。会計が終わってさぁ行こうという段になった時、彼はつかみ損ねたのか、その6本入りパックを床に落として割ってしまった。

今から並び直しても行列ができているから絶対に22時には間に合わない、しかも日曜日はどのスーパーも閉まっている、友達に招かれたパーティの土産としてもっていくのかもしれない、なんだかんだ結構な値段(5€ぐらい)、彼にとってビールは週末の楽しみの1つだったのかもしれない、みたいな妄想が一瞬にして頭に浮かんできて、本当にいたたまれない気持ちになった。
大勢の目の前で落としてしまったことも、人前で転んだ時のような気まずさがあったし。
ひたすら彼に5€を渡したい気持ちになった。

22時以降ビール販売禁止なのは、治安上の問題なんだろうけど、せめて23時まで購入可能になってほしいなと強く思った出来事だった。
あと、割れるリスクは缶よりも瓶の方が高いのに、なんでドイツ人には瓶の方が人気が高いんだろうか。今後はその辺りのことも調べていきたい。

2014/03/20

交換留学の実態。少人数でも仲の良い友達を作れ。

春が来たのは嬉しい。寒くないから自転車通学やジョギングがすごい楽だから。
一方で、毎年花粉症になって、鼻のむずむずと戦わなければならないからそれだけが悩み。スウェーデンやカナダに行ったときは花粉症にかからなかったから、ドイツでもならないだろうと高をくくっていたら見事にかかった。もしもボックスがあればいの一番に花粉症をこの世から消す。

日本と同様、花粉症があるドイツで生活をしているわけだが、今までの留学生活を振り返っての気づきを書こうと思う。

交換留学の主な目的はおおむね次の2つに分類されると思う。
1留学先の大学に学びたい科目がある(自分の大学にはない科目)
2留学先の国の文化・言語を学びたい(海外の文化・言語に興味がある)

今回のエントリーでは、2についての実態を書こうと思う。

実は、4年前の2010年9月から僕はスウェーデンで交換留学をした。行く前は、スウェーデンの人たちと授業をし、スウェーデンの生活を存分に味わうものだと考えていた。けれども、実際に交換留学が始まると想像とは全く違うものになった。というのも、日本人留学生と同じように、世界各国から留学生が集まっていたからだ。
確かに、授業には他国からの留学生だけでなくスウェーデン人たちもいたが、グループワーク以外、つまり授業の外で遊ぶのはもっぱらスウェーデン人以外だった。

これはちょっと考えれば分かるんだけど、スウェーデン人には既に友達がいる。第二外国語(英語)を使わなくても意思疎通ができるし、お互いによく知っている親しい友達と一緒にいたいと思うのはごく自然なことだと思う。海外から来た留学生は半年か1年ほどで遠く離れた場所に行ってしまうから親しくなっても簡単に会えなくなることが分かっているし。そういうわけで、留学生は留学生同士でかたまることが多い。
僕も交換留学で仲良くなったのは、フランス人とドイツ人、そしてスペイン人だった。

だから、現地の言葉を学ぶとは言っても、実際にスウェーデン語を話す相手は、同じように交換留学をしている他国からの学生が大半だと思う。確かに、街の雰囲気や食べ物は違うから目に見える形で海外の文化を感じることはできる。でも、例えば国民性のような、目に見えない文化を感じることは現地の人と関わらない限り、難しい。結局、現地の人の輪に入り込めなければ、交換留学とは、単に場所を移しただけに過ぎない。

じゃぁ、どうやって現地の人と交わるのか。

方法は2つある。

1つは、日本に興味のある現地人を見つけることである。
日本のことを知りたい、日本人とつながりをもちたいと思っている人は少なからずいる。中には日本への留学が決まっている人もいて、留学前に日本語の勉強をしたい人もいる。そういう人たちは、日本人への理解もあるし、お互いに言語を教え合える(Language Exchange)。1対1で会えば、会話についていけなくなることもないし、分からないところは何度でも聞き返せる。
もちろん、日本人の中にはできるだけ日本語を使いたくない人もいると思う。そんな時は、日本には興味あるけど、まだ日本語を習い始めたばかりの人を探せばいい。そうすれば言語を教え合うといっても現地の言葉、もしくは英語で会話することが圧倒的に多いから。

2つ目は、クラブ活動に参加するか団体に所属することである。
なぜ、クラブ活動に参加するのがいいかというと、共通言語があるからである。
現在、交換留学ではないが、ドイツで学生生活を送っている。英語コースだから残念ながらドイツ語を話す機会は少ない。
だから、毎週火曜日にある柔道の稽古に行っている。説明は全てドイツ語、参加する人もほとんどがドイツ人。言葉は分からなくても、柔道というトピックに関連してるから、意味を推測しやすいし、同じ言葉が何度も繰り返されるから次第に分かってくる。
柔道という共通の興味(嗜好)があるから、親近感が湧きやすい。

以上まとめると、日本に興味ある学生をつかまえる、もしくは現地の団体に所属するのが現地の文化・言語を学ぶ上で有効である。

もう1つ、日本人が留学したときにぶつかる壁というか、悩む点を指摘したい。
それが、友達を作ることである。

自分の体験談。
スウェーデンで交換留学をした当初、僕は焦っていた。周りの日本人は、いろんな留学生と関わっていてFacebookで友達になったり、一緒に遊んでる写真をアップしてたりするのに、自分はなかなかできなかったからだ。
だから、自分もいろんなイベントに参加し、ちょっと話した人に友達申請をしては友達が増えた気になっていた。
イベントでは写真をたくさん撮ってFacebookにアップするから、端から見たら友達が多いように見えた。

でも、それって後から考えるとこの上なくむなしいんだよなぁ。
Facebookの友達の数は増えるけど、後日写真を見返しても誰が誰だか分からないし、向こうから見たら自分なんて大勢の中の一人。その場限りだけで、その後は連絡をとらないことなんてざらにあった。

これって友達なんだろうか、って何度も思った。
自分が欲しいのは、Facebookの数字と他の日本人留学生に対する見栄なんじゃないかと自問した。

考えた結果、数は少なくてもずっと続く友達を作りたいと思った。
だから、イベントに参加したら、その後に定期的に会うようにした。相手の国のことが知りたいとかなんとか、適当な理由をつけて。
イベントがあれば誘って、時には自分でイベントを作って、仲の良い人と頻繁に会う機会をたくさん作った。

留学から三年経った今、未だに連絡をとっている人がいる。
今、自分は自分のやったことに満足しているし、これからも同じようなスタンスでいきたいと思っている。

確かに、最初は1人で飛び込むのは怖かった。
英語がそこまで上手じゃなかったし、相手を楽しませる自信もなかった。
同じような不安を抱えている人も多いと思う。

じゃあどうすればいいか。

そんな時は4人で会うことをお勧めする。
日本人2人、他国の人2人。これなら一人で挑んでいく緊張感とか恐怖を緩和できるし、話題とかも誰かが振ってくれる。慣れてきてから2人でいけばいいと思う。

大事なのは、数じゃなくて密度。
これから留学をしようとする人は、ぜひとも密度を大切にしてもらいたい。

2014/03/16

ウォルマートの失敗 in ドイツランド

今期、Global Marketingというコースを履修している。
テーマは、企業が、文化や国民性が異なる国に進出するときにどうするべきなのか、だ。

先日の授業で、ウォルマートがドイツに進出したときの失敗例を習った。
ドイツの小売はルールが厳しく、例えば小売事業者はペットボトルデポジット用の機械を設置しなければならないとか、週80時間以下の営業時間の義務づけだとか、日曜および祝日の営業禁止などがある。それ以外にも、ドイツ人の友人から聞いた話だと、休日祝日の時給は平日の2倍らしい。ただでさえ、日曜日になると街にはそんなに人がいないのに、人件費が余計にかかるともなれば、企業が休日開店するインセンティブは皆無だよなぁ。まぁ、順序関係は曖昧だけど。

このドイツの小売ルールとウォルマートの失敗にどれほどの相関関係があるかは分からない。なぜならケースと言ってもたった1枚の紙で、文化的差異による経営の難しさを示す例として挙げられただけのものだったから。いくつか書かれていた撤退の理由としては、ウォルマートのhire and fire人事がドイツでは許されていなかった、消費者は陳列されているアメリカのブランドをそれほど知らなかった、店舗デザインが時代遅れだった、ドイツ人はウォルマートのような郊外型ハイパーマーケット(大型店舗)よりも小さなお店の方が好き、などがあった。

最後の理由は正直納得がいかなかった。
ドイツ人の買い物の量はすごい。1リットル牛乳をダースで買うことや、1kgの砂糖を10袋ぐらいまとめて購入することはざらにあるからハイパーマーケットの方が多品種を大量に揃えやすいと思う。

店舗内で歩く距離が増えるのが嫌なのか、購入品数が増えて運ぶのが面倒だから嫌なのか、交通手段がないから無理なのか、日本人と同じように鮮度指向だから近くのスーパーで頻繁に買い物をするのか。

ドイツは、それぞれの街で交通網(バスやS-Bahn)が整備されていて、中心部での移動は苦じゃない。それが郊外にでると、乗り継ぎとかで不便になるから交通手段の可能性は結構高い。ただし、車の保有世帯割合が高いならこの仮説は崩れる。

ウォルマートの失敗例は、時間を作りながらちょくちょく調べてみたい。

ここで、上記の友人(男)が言っていた、面白い仮説を1つ紹介。
15歳の頃、彼はアメリカ留学中にウォルマートに買い物に行ったらしい。レジで対応してくれたのが男性だったのだが、にこにことした笑顔で、とても丁寧な接客だったとのこと。
ドイツのレジにいる人は基本無愛想、おつりの渡し方とかも雑。そんなドイツの背景を持っていたから、その友人は親切な接客をする男性社員の人を、自分に気があるゲイだと思ったらしい。笑
丁寧な接客が裏目に出ることもあるんだなぁと思った。

じゃぁ、同じく人当たりの良い接客をするスターバックスはなんで浸透しているの?と訊くと、店舗デザインが欧州によくマッチしているとのこと。
これこそが文化による難しさで、面白いところなんだろうなぁ。

最後に、文化で気になると言えばヨガパンツです。
スウェーデンにいたときの方がよく見たと思うんじゃけど、ドイツでも見かけるヨガパンツ、日本では見たことがない。ジムとかでは履かれているのかもしれないけど、街中では一切ない。ヨガパンツは、履くとピチッとなるからお尻の形が丸分かり、さらにはパンツの型まで浮いて見える。このヨガパンツの普及率と、Tバックの普及率は相関関係があると思うんじゃけど、実際どうなんだろうか。Tバック履くとパンツの形が分からなくなるからな。ドイツでの統計を調べようとしたけど、見つからなかった。
ちなみに、ドイツやスウェーデンではスーツ以外でのスカートをあまり見たことがない。その辺りに潜む考え方の違いも今後探っていきたいなぁ。


2014/03/05

小説は読みやすい単語帳。

だいぶ暖かくなり、日も長くなって、春の訪れを感じる今日この頃。
スーパーに行くと、イチゴが安く売られてる。ドイツにも季節を感じさせる食材があったんだなとちょっとびっくり。

前置きはこのぐらいで、本題へ。

小説は読みやすい単語帳。

大学生ぐらいまでは、小説は自分の感情を豊かにしてくれるものだと思ってた。登場人物に感情移入して、自分が普段経験しない出来事や、出会うことのない人と関わる、いわば疑似体験の道具だと思ってた。

もちろん、そういう風に考えて人もいると思うし、それを否定するつもりは毛頭ない。
僕は、伊坂幸太郎が好きなんだけど、小説を読んでいつも抱く感想が「ひねくれてる」。主人公は卑屈で、ちょっと冷めたような人に描かれることがよくあって、そんな主人公を悪気なくばっさり斬るひねくれた人物がいる。情景描写も素直じゃない感じ。ぼくはこのひねくれた世界観が楽しくて読んでいた。

ただ、やっぱり慣れてくると、作品が違っても世界観が似てるから既視感が強くなってくる。そうなると一捻りある描写が鼻についてくる。回りくどく感じてしまう。
この、回りくどさは違う作者の違う作品を読んでも同じように感じると思う。例えば、同じ食べるという動作でも、「まるでこれが最期の食べ物であるかのようにじっくりと噛みながら食べる」や「三日間何も食べていなかったかのようにむさぼり食べる」のように状況や場面によって修飾が変わる。この、動作への修飾が、食べるだけじゃなくほとんど全ての動作で肉付けがされているから、カタツムリみたいで物語が前に進まないなぁという感覚が強くなる。

最後のオチまでの無駄とも思えるような描写、要は蛇足だと感じられるから、小説は単なる言葉遊びじゃないかと思ってしまうようになった。
じゃ、なぜ小説を読んでいるのって話になるんだけど、それがタイトルにもあるように単語帳としての役割があるから。

レポートや、報告書、ブログ、SNS、発信する機会はたくさんある。そんな時に、ずっと同じ言い回しを繰り返したくない。くどくなるし、読み手からするとすごくつまらない。読んでいる人が苦痛を感ずることなく興味深く読む表現ができるように、小説を使って語彙を増やしている。辞書よりも言葉の使い方がよく分かるし風情のある言葉遣いも学ぶことができる。そして、楽しく読めることも大きい。

もう1つ、小説に関して思うのが、小説は感情を豊かにする道具というよりも、感情の教科書という捉え方の方がいいんじゃないかなということ。

百聞は一見に如かずと言われるように、どんなに花のめしべを教科書の写真で見ても、実物との違いはある。だって、写真はモデル化されたものだから。同じように、小説も人間感情のモデル化で、現実との相違はある。つまり、小説の役割は、何かの出来事に対する感動を深めてくれる(=感情を豊かにする)というよりかは、相手の感情を想定する能力を養うことに近いんじゃないだろうか。

なんて考察してみたけれど、小説を読む時は鼻水をたらしながらリラックスして読んでます。

2014/03/02

創造力とは、細かく分析する能力である。

2月末日まで、日本の食料廃棄に関する論文を書いていました。
文字数制限の難しさや、問題と原因との因果関係の強さの証明など、自分の甘さをほとほと感じた研究でした。と同時に学ぶこともありました。アウトプットの重要性を改めて感じることができ、やって良かったと思えました。
この経験を無駄にしないように自分の気づきを記しておこうと思います。

問題解決をするのは、分析力。分析力こそが、創造力へとつながる。

今回、僕が取り組んでいたのは、日本の食料廃棄の研究です。具体的にいうと、日本では流通過程のどの段階でどれほどの量の食品が捨てられているのか、を調べました。
出荷前や、食品製造業、卸売・小売、外食産業、世帯、様々な場面で食品が捨てられており、古い商習慣に縛り付けられていたり、規格ルールが厳しかったりと、廃棄される理由も多種多様でした。テーマを広く食料廃棄にしていたため、流通過程の各段階での事実と原因に触れましたが、文字数制限もあり、それぞれの原因分析は広く浅くなってしまいました。

しかし、広く浅くの分析では奥深くにある、本質的な原因にはたどり着きません。
今回の、食品製造業を例に取り上げます。食品製造業者は、商品の賞味期限の三分の一の期限までに小売に納品しなければなりません。三分の一ルールです。このルールは国際的に見て非常に厳格なものですが、背景には日本人の鮮度指向がありました。
そして、僕の分析はここで終わっています。
非常に浅いです。

鮮度指向と一口に言っても、もしかしたら主菜となる水産物のみに対して日本人は鮮度指向なのかもしれないし、過去に鮮度の悪い食品で集団食中毒があったためかもしれません。
本質的理由が違えば、解決策は全く異なるものになります。だからこそ、丹念に細かく原因を探らなければなりません。

甘い分析から考えだされた提案は、決して創造的などではなく、妄想的です。

原因を突き詰めて突き詰めて本質に至って初めて、具体的な行動に落とし込める解決策の提示が可能となります。そして、自分の提案に具体性を持たせるためには、小さなことから始めないといけません。
僕は今回、食料廃棄という大きなテーマが出発点でした。しかし、限られた時間と、限られた紙幅を考えると、1つに絞って挑んでいかないと詳しいところまで調べられないなぁとつくづく思いました。

食料廃棄に関する論文研究は一旦幕を閉じましたが、定期的にテーマを見つけて調べる癖をつけたいと思います。

最近気になっているのは、5円チョコやチロルチョコみたいな10円単位のお菓子が普及している理由です。まずは、19円菓子代表のうまい棒あたりから手をつけてみようかな。

2014/02/23

日本人には熱意がない。

自分のだらけきった生活を反映しているかのように、書く意欲が全くもってなかったこのごろ。むしろそうだと言い切れる。
生活に張りがあると、街中で目にするものに対してアンテナが働くから一つ一つに疑問を持ったり、発見があったりするけど、今はほとんどない。
こういうときにどうするかというと方法は1つで、電子機器から離れる。PCからも、iPodからも、タブレットからも。インターネットって答えがあるものを見つけるにはすごい便利なんじゃけど、一方で想像力を奪ってしまうなぁと感じることがよくある。

自分がネットに縛られている時、空の色を訊かれても答えられないかもしれない。
・・・そんな風にはなりたくないなぁ。自分はまだまだネットに使われている状態じゃなぁ。

話変わって先週の金曜日、ドイツ人の友達とMannheimにあるフードバンクに行ってきた。開店時間の変更があったらしく閉まっていた。とんだ無駄骨だと愚痴を垂れながらNeckar河沿いを2人で歩いた。

そこで彼が言っていたのは、彼女のこと。
彼女はスペインに留学中で、将来は通訳になりたいそう。それなのに、フードバンクに行く前に連絡を取ったら、まだベッドの上で授業をサボっていたらしい。友達曰く、「彼女は旅行とかに興味がないし、授業サボって将来の夢への熱意がないし、彼女が興味もっているのは僕のことだけだ。」と、文句を言っていた。
Mannheim大学はドイツでは有名だし、周りには志の高い人が集まっているから、余計にそれを感じてしまうそうである。

おれは友達になんと言っていいか分からなかったけれど、これは彼女だけじゃなく、日本人に特有の問題な気がする。

進学校に行っている人は、基本的には大学に行く。センター試験があるのもあって、世界旅行や1年間の農業体験をしてから大学へ、という寄り道ができない。大学が決まるまでは試験のために勉強をしなければならないから。そうやって、自分の意志がうやむやなまま一息つく間もなく、次のフェーズへ突入する。高校、大学、社会人、気が休まるときがない。

だから、みんなが行くから大学に行く、それが普通だから大学に行く、こんな風に集団主義の強い日本人は一人になったときに逆に弱い。自分の動機が弱いから、何をして良いか途方にくれる人もたくさんいると思う。一人になったときに休みたいと思う人もいると思う。

その、ドイツ人の彼女も、交換留学という、一休みできて集団圧力から解放されてゆっくりできる環境を味わっているんじゃないかなぁと思うと、一方的に責める気にはなれない。まぁ、もとからそんなタイプの人かもしれないし、真相は2人にしか分からない。受験や就活みたいに、決断をするときがはっきり分かる日本の環境が合う人ももちろんいるだろうし。

でも、日本でもドイツでもけじめをつけて決断を下さなければならない時期は来るわけで、普段から準備していないとだめだ。だから、日頃からウジウジ悩んで自分の熱意が少しでも反応する方に向かって足を踏み出さないと何も決められない。迷ったらある程度やってみる。
モチベーションを高くもて!!と高校時代よく言われたけど、そんなのは嘘っぱちで、モチベーションは火だと思う。努力という薪をひたすら焼べ続けてモチベーションも大きくなる。火には燃料が要る。やる気がなくても、がむしゃらにでも何かしないと火って絶対に大きくならない。

自分はやりたいことがぼんやりとでもあるんじゃし、2年後にはとんでもなく大きな火にしよう。


書いてちょっとすっきりした。吐き出すこと、アウトプットすることはやっぱり大事じゃな。それにしても、自分の表現力、考えの浅さに辟易する。考えを整理することにまだまだ時間がかかる。今は未熟じゃけど、時間が経って見直したときに、なんかうっすいこと書いてるなぁと思えるようになりたいな。

2014/02/12

遠足のおやつ。

今日Aldi(ドイツの大手スーパー)で買い物してるとふと疑問に思った。
ドイツのスーパーに行くと分かるんだけど、日本で言う子供用のお菓子が全然ない。うまい棒とか、チロルチョコとかの、10円20円のちまちましたお菓子が売ってない。1Euro弱ぐらいが最低価格。
だから、ドイツの児童達は遠足の時、どうしてるんだろう。1Euroのお菓子を3つぐらい買っているんかな。でも、1Euroのお菓子ってだいたいみんなで分けられるような物ばかりなんだよな〜。

もしかしたらそもそも遠足なんてないのかもしれないし、おやつ制度がないのかもしれないし、予算制限がないのかもしれない。
もしおやつ制度があったとしてもドイツのお菓子って似たり寄ったりなところがあるから、別々に持ってくる意味もそんなにないのかもしれないけど。笑

おやつがないとしたら、日本では鉄板な、「バナナはおやつに入りますか。」議論もないってことになる。これは哀しい。笑

ちょっと話がそれるけど、街を歩いていたら時折見かけるのが、ケーキかなにかを皿にのせたままアルミホイルで包んでどこかに向かっている人。切って何かの容器に入れれば運びやすいのにと思うけど、それをするのが手間なのと、洗い物が増えるのが嫌なんだろう。機能性を求めるドイツ人らしいと思う。

この上の話をふまえると、500円ぐらいのケーキを切ってアルミホイルに包んで持ってくる児童がいたとしてもなんら不思議ではない。遠足みたいな特別イベントでは手作りお菓子を子どもに持たせるかもしれない。それならば、もはや300円っていう予算は全く意味をなさなくなる。

これは自分の推測の範疇でしかないから、今度ドイツ人の友達に訊いてみたい。
ドイツで小さいお菓子がない理由がわかって、ビジネスの可能性があるんじゃないかと結構わくわくしています。

2014/02/09

おくりびと

今回は映画『おくりびと』のはなし。何度観ても面白い。
本当はずっと書こう書こうと思っていたのだけれど、この映画のメッセージを考えるともやもやが消えなくて、それがやっと腑に落ちるメッセージが浮かんできたから書くことにした。

『おくりびと』は、納棺師の映画。チェリストをしていた小林大悟(本木雅弘)はある日所属していたオーケストラが解散となり仕事を失ってしまう。解散を期に妻の美香(広末涼子)と共に故郷の山形に引っ越しをする。好条件の求人広告に応募し、面接に向かうと佐々木社長(山崎努)に即採用されるが、仕事内容は納棺、いわゆる死者の旅立ちのお手伝いということが判明する。日々葛藤する大悟だったが、死者と関わる中で"死"や"納棺師"について向き合っていく。

何度見ても心揺さぶられ、毎回目が潤んでくるほど本当に素晴らしい。死を扱った映画なのに、ただただ美しい。

でも、今の自分には理解のできないことが多かった。作中で、笹野高史扮する平田正吉が「死は門である。死ぬってことは終わりってことでなくて、新たな世界に旅立つってことだ。」というシーンがある。
正直分からなかった。これは映画の表現が悪いということではなくて、自分がそれを理解できる域に達していないからだ。もしかしたら死ぬまで分からないことかもしれない。

原作である納棺夫日記も読んでみたけど、仏教に無頓着な自分は理解できないことの方が多かった。結局分からないことは分からないまま今も残っている。

それから暇を見つけては本当に、ひたすらこの映画が伝えたかったことを考えていたんだけど、それがやっと分かった。というか、納得のできる結論がでた。
この映画の狙いは、納棺師という職業に携わった男の半生を描くこと。だから、死とはとか親子とはってことが描きたかったんじゃないなとおれは思った。

映画は年齢とか経験によって、感想が変わったりするけど、今度観たときはどんな感想になるんだろうか。今から楽しみだなぁ。

2014/02/06

小さな友情。

更新が遅れました。
常に自分の学んだことを実践に反映させたいと考えながら勉強することこそ意味があるんだよなぁとつくづく感じております。

というわけで、本題。
Mannheimの中心地は京都のように碁盤の目になった、静かで穏やかな街です。
その中心地のさらに中心辺りにKing Pommesというフライドポテト専門店があります。Mannheimで行くならここ!!というほど有名で、いつも揚げたてを食べられます。

昨日、1ヶ月ぶりぐらいに足を運んだら小学生の2人組がいました。1人はゲルマン系、もう1人はアジア系の、ちょっとぽっちゃりした2人の男の子。
財布とにらめっこしながらメニューを決めて、できあがるのを今か今かとそわそわしながら待っている様子に、なんだかとても心を揺さぶられました。大人にとっては当たり前のような10Euroが子どもにとっては貴重な大金。

落とさないように2人で協力しながら持って分け合っている姿にほっこりせずにはいられませんでした。

教訓みたいなものは特に書きたくないんだけれども、日常の小さなことに目を凝らすことができる人間になりたいなぁとつくづく思いました。

2014/01/29

ジョギングでの珍事。

書きたいことはたくさんあるんだけど、すぐには考えがまとまりそうにないため、熟成してからここに記したいと思う。
今日は、BuddyのTinaとコーヒー飲んで、話した。というのも、彼女は今週末に部屋を引き払い、日本へ留学するからである。2月中旬から6週間のインターンをしにマレーシアヘ行き、それから半年間の日本生活が始まるらしい。彼女自身楽しみにしているようで、帰ってきてから会うのが楽しみである。
ちなみにTInaは1月25日に4週間のガーナ生活から帰ってきてた。とてつもなくインターナショナル。
ガーナの生活も聞いて書きたいこともあるんじゃけど、それはまた今度。いわゆる発展途上国には行ったことがないから、この大学院生活の間に一度は足を運びたい。

Tinaと別れた後、3日ぶり(←この"ぶり"の使い方は今でも混乱する)に体幹トレーニングとジョギングをした・・・休息の大切さが身に染みた。

普段は、体幹トレーニングをしてから5番のトラムに乗って川沿いまで行く。今日トラムに乗ったところ、日本人と思われる女性がいた。これはおれの勝手な妄想かも知らんけど、見知らぬ日本人同士で出会った場合、日本人という理由だけで声をかける人がいる。声をかけられることに抵抗がないひともいれば、全くの他人に話しかけられるのが嫌な人もいる。

自分は声をかけて日本人か確かめたいタイプの人間である。普段は人見知りなのに。でも、自分と違って未知なる遭遇に対して相手は不快に思うかもしれない。
そう考えた結果、「ニーハオマ?」と声をかけることにした。意味は分からないけど。そして、かけた。
適当な中国語を並べ立てて中国人を装い、途中から英語で出身国を聞いて日本人だったら日本語で話しかけようという、姑息で、かつ誰も傷付かない方法だと考えていた。

・・・甘かった。

・・・相手が中国人だった。

・・・中国語で返されたけど意味不明だった。

ジョギングを前にして中国人に出端をくじかれるという事態があったが、ジョギングに関しては自己新記録を残すほど快調だった。ただ悔やまれるは、暗闇の中、段差に気づかず転んでしまい、プレゼントとしてもらった手袋が使用2日目にして早くも泥だらけになったことである。

教訓は特にないが、段差には気をつけたいものである。

2014/01/26

体幹トレーニング

ここ数日間続けている。
それが体幹トレーニング。インテルで活躍する長友佑都もこのトレーニングを行っている。

始めたきっかけは、2つある。
柔道をやっていて、体格の良いヨーロッパの人たちにも勝てる体作りをすること。
体幹を安定させ、背筋の整った美しい姿勢をつくること。

10日間ほどやって体の変化はあるかと訊かれると、あるような気がする。
脂っこいポテトチップスを前ほど欲しいと思わないようになったし、ほぼ毎日続けている5kmジョギングしているときも体が軽い。
まだ体幹が安定していないのか、脚上げサイドブリッジの安定性がとてつもなく悪い。

先週の月曜日、体幹の効果を試すために柔道に行ったけど、全くもって効果が見られなかった。依然投げ飛ばされ続けた。しかも、1ヶ月ほどの間隔があって久しぶりの柔道だったからか、むちゃくちゃキツかった。吐きそうだった。体はギシギシなるし、首を打ち付けたみたいで未だに痛い。
全然関係ないけど、自動車事故等で首のむち打ちと言っておけば治療費がもらい続けられるという話を思い出した。首の打ち付けはレントゲンとかではでないらしい。

卒業までには茶帯の人と互角以上に戦えるように体幹トレーニングをひたすら続けようと思う。

ちなみに、おれが参考にしているのは木場克己著の『体幹力を上げるコアトレーニング』という本です。

最後に1つ。今までは日本語ばっかりだったけど、これからはドイツ語でのブログも増やそうと思う。何曜日にするかはまだ未定だけれども、もっとドイツ語のアウトプットを増やしたいからそうすることに決めた。

2014/01/22

ドラマとか映画とか

最近観た映画やドラマを感想と共にメモしておきます。
簡単にでもいいから記録しておかないと、その映画から受け取った感情を忘れそうな気がしてものすごくもったいない気がするからです。

『猿の惑星』
1968年製作なのに、なぜか全く古くささを感じなかった。立場が逆転した目線からの人類史(猿人史?)という発想も面白かった。何よりも制作された時代の、未来に対する考えや憧れが垣間見えて無性に感動してしまった。タイムスリップをしたような気分。


『天使と悪魔』
原作であるダン・ブラウンの小説は読んでいたし、観るのも初めてじゃありません。映画は迫力を持たせるためにミステリーよりもサスペンス色がより強く描かれている。見返してみると、なるほどここがこの場面につながる伏線だったのかというシーンが多く、作り込みの深さに感動した。無駄のない面白い映画だった。

『マンマ・ミーア』
ムーランルージュを想像してたから、こんなミュージカルもあるんだとびっくりした。メリルストリープのはっちゃけた役を観るのは初めてだったからこれまた新鮮な感じ。爽快感に満ちあふれている映画だった。


『八日目の蝉』
希和子と娘・薫(恵理菜)の別れのシーン、希和子の最後の言葉はまぎれもなく母親の言葉だった。中絶や流産して、注ぎたくても注げない愛情がある。最後に、薫(恵里菜)が愛情を取り戻したことで、愛情は長さじゃなく密度なんだと思った。


『半沢直樹』
一刻を争い奔走する様は、ハリウッドの映画を連想した。爆発やアクションはないけれど、人間の感情をこれでもかというほど克明に描き、緊迫感を持たせていたこの作品は、日本的アクション、日本的ハリウッドだと強く感じた。ちなみになぜハリウッドのようだと感じたかという理由は展開がとてつもなく早いから。作中の音楽とか展開とか『ブラッドダイヤモンド』を彷彿とさせる演出が結構あったように感じた。


『リーガルハイ』
きれいな女優がコメディにでるとものすごく共感を覚えるのはなぜだろうか。
基本的にはただひたすら心情を追うだけで、画面的に動きのない恋愛系ドラマがおれは好きではないから、コメディ系の展開の早いドラマは大好きである。ゆるコメでもいいからコメディドラマwithちょっとしたシリアスのドラマはもっと増えてほしいなぁ。

映画(ドラマ)の嗜好っていうのはだんだんと変化してくるもんだとしみじみ実感しております。

というのも、中学生・高校生の頃は勧善懲悪のヒーロー物とかアクション映画が好きだったんじゃけど、大学生になるとドキュメンタリーとかドキュメンタリー風の映画(Blood Diamond)も面白いなと思うようになったし、ゆるコメ(キサラギや亀は意外と速く泳ぐ)にも興味がわきました。アクションのように映像として迫力ある映画じゃなく、話の作り込みや役者の演技が素晴らしい作品にも目が向くようになりました。大学生後期から、バッドエンドの作品にも感動を覚えるようにもなり、これは現実ってそんなに甘くないよなぁと思わせるからだと個人的には考えています。それも最近は変化していき、結論の曖昧な映画、どっちが悪いか分からない映画もそれなりに味があるよなぁと思い始めてきました。おくりびとのように結論が1つではないであろう映画を観終わってからあれやこれやと考える映画もまた楽しみの1つです。

もちろん、アクション映画は稚拙でこどもが観るものだとは思いません。完全なる息抜きとしてアクション映画を観ることも多々ありますから。ただ、自分の考え方が変化するにつれて観たいと思う映画の幅が増えたことがたまらなく嬉しいんです。
昔観た作品をもう一度観返して、今の自分はどんな感情をもつのか、どんな変化があるのか、それがちょっと楽しみです。


では、そろそろLostの続きを観ようと思います。

2014/01/19

ドイツの歴史観

ドイツと日本の共通点は多い。
ドイツの国土面積は35万平方キロメートル、日本は38万平方キロメートル。
人口はそれぞれ8000万人と1億2000万人であり、工業先進国としての世界的地位も確立している。第2次世界大戦敗戦からの経済発展はとてもよく似通っている。

もちろん似ている点ばかりではなく違う点も多々あるが、今回私が注目したのは大陸国ドイツと島国日本である。

蝦夷と琉球の民族を除けば、日本の歴史上、政権争いはあっても民族間の闘争はほとんどなかった(と私は捉えている)。
一方で、ドイツは陸続きなため、ゲルマン人、ペルシア人、ギリシア人、ローマ人、ケルト人など多数の民族が存在し、領土をかけての民族間紛争が常に起こっていた。だから世界大戦が集結するまで、ヨーロッパの国と国土は絶えず変化していたのである。

ここで、1つの疑問がわく。
「ドイツの学校にドイツ史という科目はあるのか。」

領土争いの中で別の言語を話す異民族同士が交わり合うことは大いにあったと思うし、その中で結婚してハーフの子孫が生まれたこともあると思う。
さらに、スラブ族が現在のドイツの国土を支配していた時期もある。ドイツの子孫はゲルマン民族だと仮定すると、スラブ族は直接の子孫ではない。
つまり、民族の観点からドイツ史を見るのか、現在のドイツの国土上での歴史を学習するのか、どのように習うのか非常に興味がわいた。
私の予想では、ドイツ史はなく、宗教を中心として歴史を勉強するのではないかと考えているが、それは今度ドイツ人の友達に訊いて確かめてみたい。

今日はここまで。

2014/01/15

ドイツの塾の話。

日本でセンター試験の廃止が検討されているというニュースは記憶に新しいと思います。

今回はドイツの教育制度について簡単に書きたいと思います。
と思ったんだけれども、まだまだ知らないことも多く、自分が理解していない状態で書きたくないので来週の水曜日までには必ずや調べます。

だから今回はおれが発見した驚きを共有します。
private tutoring school、いわゆる塾は海外には存在しないと思っていました。学部時代に交換留学していたスウェーデンにはなく、中央ヨーロッパに属するドイツも同じだと考えていました。

それが最近、雑誌で面白い記事を見つけました。これはドイツ語学習のために購入しているDeutsch Perfektに載っていました。その記事によると、ドイツにはNachhilfsunterrichtというシステムがあります。ドイツ人のタンデムパートナーに訊くと、日本の家庭教師ととても良く似ています。苦手な科目を家で勉強する際、専門の先生を呼んで個別に指導を受けるというものです。ただしプライベートであるため、家庭の経済状況に大きく左右されるようです。

薄いですが今日はここまで。
最近ドグラ・マグラを読んでいるけど難しすぎて頭がぐちゃぐちゃに混乱しています。

2014/01/12

冬休み in Hamburg

とっても久しぶりの日記。
12月後半から今週水曜日までHamburgで過ごしていました。これからはまた定期的に更新しようと思います。何かあったからといって休んでると途端に書かなくなってしまうから例外を水・日になにかアップできるように外に出ます!!

12月の中旬に彼女が来て、それからHamburgを拠点にLübeck、Mannheim、Heidelbergに旅行しつつ非常にゆっくりとした毎日。Skypeをしていても整った顔だなと思うことはしばしばあったけど実物の方がきれいだった。こんな言い方をするとなんて他人事な表現だと思うかもしれないけど(笑)、ちょっとした仕草があぁいいなぁと感じることが多かった。愛とは何ぞやを語るつもりはないけど、実は些細な部分にこそ人は惹かれるのだろう。

3ヶ月ぶりに会ったのに、おれはひたすら読書、彼女はひたすらドイツ人の友達とカフェを繰り返していて、お互いに好き勝手に時間を使ってる関係がなぜか嬉しい。
部屋に籠って映画を観ることもあれば、ただ散歩して終わる日もあった。この時観た映画についてもいろいろ思うところはあったんじゃけど、それはまた今度。

1月に彼女が日本に帰るとなったときはやっぱり寂しかった。7月に日本に行こうとは思っているけれども正直まだ分からない。遅延して15時発のエミレーツ航空に乗って日本へと帰っていった。Hamburgは北欧に限りなく近く緯度が高いため、日の入りが早い。15時なのに既に茜色に染まっている空が哀愁をさらに強く感じさせた。
淋しいけれどもお互い目の前のことに集中できると良いな。

このエントリーは公表するようなものではないけれども、備忘録としてここに残す。